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#009
「三人の強者達」

今回はブルースタジオと共同する三人の男達と語り合いました。棟梁30才前後にして、多くの職人達を束ね現場を仕切る強者達です。彼等がいったいどのようなことを考えながら部屋をつくっているのか...

インタビュアー:泥谷英明(blue studio)

野上公久 Kimihisa Nogami/株式会社野清内建


blue studio(以下BS):いきなりですが、野上さんの日大芸術学部卒業されてからの経緯を教えていただけますか?

野上氏:そのあと芝浦工大の大学院を卒業してから、アジアを旅しておりました。バンコク、チェンマイ、チェンライ、ベトナムやミャンマーです。戦禍を逃れて山に住着いた山岳民族の調査なんかをしましたし、その後辿り着いた沖縄でも調査や計画をまとめました。基地返還後の跡地利用といったスケールの大きな都市計画です。安保、基地、民族、立退、対話、、、とても複雑な諸問題の解決がテーマでしたので、相当気合が入りましたね。

BS:計画も設計も出来る「つくりて」というのは末恐ろしいですね。そのあと東京に出てこられたわけですか?

野上氏:宮古島で住宅を設計、竣工後に東京に戻り家業である建設業に本格的に入りました。私は計画も設計も営業も現場も全部やりますけれど、でもスーツから作業着に着替えると戦闘状態に入りますよ! よっしゃ、やったるでえーっと。

BS:野上さん見ているとそれは伝わってきますよ。ブルースタジオは野上さんにとってどのような存在ですか?

野上氏:当然パートナーでもありますけれど、攻める標的でもあるんですよ(笑)。つまりブルースタジオの一人ひとりが一国一城の主に映るんです。一緒にいいものをつくりたいというのはもちろん、でもどこかでそれぞれ個人レベルで戦っているんです。

BS:こっちもそのつもりですよ(笑)。設計図書いて、はい後はよろしくね、っていう事ではありませんから。特に野上さんの場合は、野上さんの方からもいろんな提案がありますよね。「ここの天井はこうした方がこうなっていいんじゃないですか」とか。負けてられませんよ。こっちだって。。。ところで野上さんにとって親父さんはどのような存在でしょうか?

野上氏:親父は昔ホント嫌いでしたよ。とても厳しい人で。ただ、今は尊敬していますね。それから唯一の友人です。

BS:友人ですか?普通、親のことを友人とはいいませんよ。

野上氏:私の親父の場合、最も信頼が置けるのだけれどもいつも親父からは逃れられないという感覚があるんです。でもつまりは「愛」ですね(以下、非常に濃密な語り。残念ながら中略)。

BS:野上さんは、ここに住むことになる人に何を想いながらつくっているのですか?

野上氏:「後はあなた次第ですよ」って思います。私達がお手伝いできるのはベースをつくるということなんです。住む人が好きなようにカスタマイズするためのスタートをつくるということです。

BS:野上さん自身が設計もされるからかもしれませんが、その辺りのところはブルースタジオと考え方がとても近いですね。






メジャリング・ポーズで決める野上氏


最新作のコンバーチブルトイレより野上氏

田中正和 Masakazu Tanaka/三栄工務店


BS:田中さん親子(三栄工務店)とはたくさんお仕事しましたよね。北千束(sumica)、東山(isola)、代田(slash)だけでなくって、個人のお客さんのお仕事も沢山やりました。ぶっちゃけ、ブルースタジオとのお仕事いかがですか?

田中氏:(ビールを呑む)発想が面白いから、楽しいし、考えさせられるし、後になっても(他の仕事よりも)印象に残るよね。もっと早めはやめに図面描いて欲しいって言うのはあるけれど〜(笑)忙しいのは分かるけどさ。。。

BS:忙しくても、描くものは描かなくてはいけない。それはそうです。

田中氏:まあ、それは今日はイイよ。それで何聞くの?(ビールを呑む)

BS:なんだか難しいことになってきたな〜(笑)。正和さんが初めて現場入ったときのことを聞きたいんです。

田中氏:はじめて親父の現場にくっついていったのが15歳の時か...親父が仕切ってた現場で、建売りかなんかだった。それから「1年間だけ手伝う」って約束だったのに、今まで10何年続けてしまった...

BS:後悔しています?

田中氏:してないよ。ものつくるのが好きだし。オレにはこれしかないしね。

BS:親父さんは、正和さんにとってどんな存在ですか?

田中氏:親父?、、、そうだな、、、とりあえず尊敬はするよな。

BS:なんだか、正和さんらしい言い方ですね。

田中氏:尊敬はしてる。特に含みがあるわけじゃないよ。

BS:でも親父に対する感情は「尊敬だけじゃない」といったニュアンスですね、今のは。

田中氏:そうだね。複雑な感情だね。(ビールを呑む)

BS:そのぶっきらぼうな言い方も、正和さんらしい。

田中氏:そうだね。

BS:正和さんは、これから先どんなものをつくりたいんですか?

田中氏:基本的に大工としていい仕事をしたい。それから変わったデザインの仕事は面白いよ、やっぱり。でも、何でそこの場所がそういうデザインになってるのかはっきりしたものをやりたいね。それから、コストや材料には厳しくしたい。そういったことをクリアした上で、頭使うような仕事をしたい。

BS:大きい現場、と言うことにこだわりは無さそうな感じですね?

田中氏:あんまりないね。

BS:正和さんは、つくっている途中に住む人のこと考えたりしますか?
田中氏:いやあんまり無いね。(ビールを呑む)

BS:とことん正和さんらしいですね。「あんまり無いね」とか言っておきながら実はいろいろ考えてるんですよ。正和さんはきっと。

田中氏:そお?(ビールを呑む)






現在工事進行中の現場(大田区にて田中氏


作業後の居酒屋にてビールをきめる田中氏


三瓶貴志 Takashi Sanpei/DEEK.S 代表


BS:三瓶さんっていつも「かっこいい兄ちゃんだな。きっといろいろ遊んでるんだろーな」って見てたんですけれど、お仕事に対して本当に真剣で、この甘いマスクのどこからその冷静な熱さがうまれてくるのか、ギャップっていうと失礼ですが、いろんな経験をされてきた、イイ意味で遊んできていたにちがいないって思うのでその辺りのことを聞きたいんですね。三瓶さんはいつからこの世界に入ったんですか?

三瓶氏:中学2年の時ですね確か。親父の現場に連れていってもらって、バイトしたのが始まりで、それ以来ずっーと現場に出ていますね。それから、千葉の宮大工の親方のところで修行させて頂きました。

BS:宮大工の親方のところでのお仕事っていうのはどんなものだったですか?

三瓶氏:マジ凄いっすよ。見えないところまで、使う木材全部に鉋(カンナ)がけして1ミリも誤差無しの仕事です。

BS:それは凄い!ブルースタジオとの仕事もその調子でお願いしますよ。

三瓶氏:その調子でやってるじゃないですか〜。

BS:そうでした(笑)。今まで早稲田大学のホールや桶川市民ホールなんかも含めていろんな現場やられてきたと思うのですけれど、どうですかブルースタジオとのお仕事は? 率直に...

三瓶氏:面白いっすよ。初めから最後まで全部関れるじゃないですか。いやあ、これは一般的な話ですけれど、最近は現場に対する金額も減ってきているし、効率を優先させないとってことになると、普通はひとつの現場にかかりっきりになる訳にもいかないですよね。

BS:なるほど、リアルですよね。

三瓶氏:ブルースタジオとの仕事では、現場に張り付かせてもらってますからいろんな職方が来ても全体の流れで指示が出せるし、僕自身も凄く勉強になっています。次の工程を理解していないと、自分の担当工程の仕事もホントは出来ないはずなんですよ。

BS:三瓶さんが、他の職方と一緒に(指示を受ける立場で)仕事をする現場もあるの?

三瓶氏:ありますよ。手伝いに行ったり、来てもらったり。積極的にいろんなグループの職人達と交流するようにしています。っていうのは、新しい技術や、建材の使い方なんかも知ることができるし、これは東京で大工やっている特権ですね。ひとつの職人グループにいると技術も知識も固まっちゃうじゃないですか。

BS:親父さんのこと今ではどんな風に思ってますか?

三瓶氏:全てがかなわないっすね。例えば、「あっちに予算かけたから、こっちは削らないといけない。だから5工程あるけれど4工程に絞ろう」って言ったことがあるんです、親父に。「そんなこと絶対にダメだ」って言うんですけれど、強引に押し切ってやった。できたんだけれど、工程を減らしたために次の工程が3から5に増えちゃってやり直す羽目になって、結局親父の方が正しかったんです。そんなことばかりですね。「年の功には勝てません。」

BS:なるほど。住む人にはどんなメッセージがありますか?

三瓶氏:「住みこなしてみろよー」って思いますね(笑)。古着ってヒヂヤさん好きじゃないですか?

BS:好きですよ。

三瓶氏:古着って「着こなし」って言うけれど、僕達のつくった部屋を「住みこなし」て欲しい。いろんな新しいものが出回る世の中だから、味がでないとすぐに捨ててしまうでしょ。

BS:三瓶さん、熱いね。僕そういうの大好きですよ。






建具の調子を確かめる三瓶氏


笑顔が素敵な三瓶氏