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「マリオボッタと一緒にワタリウム美術館をつくった。」
BS:浩一さんが、ON
SUNDAYSをOPENさせるまでのいきさつから教えて頂けますか?
KW:実は、大学の入学祝いって言うのがNYへの往復航空チケットだったので、夏に2ヶ月間向こうに滞在していたんです。NYではホテルではなくてアパートを契約して映画館行ったり、美術館、本屋さんなんかに行く毎日でした。
BS:それまでアートのことは大嫌いだったっておっしゃってましたが、、、
KW:もう、大嫌い!大嫌いだったんだけど、、、MOMAやWHITENEY、本屋や、映画館に行って、「ああ、こういう美術のあり方もあるんだな」って感じることができたんですよ。1980年でしたからNYはウォーホール全盛の時期で、これからキース(・ヘリング)なんかが出てこようとしていた頃です。70年代のコンセプチュアルアートから80年代のニューペインティングのムーヴメントが一気に出てこようとしていて街そのものに勢いもあってムンムンしてましたね。そんな頃に東京の姉から国際電話かかってきて「店やろう!NYで何でもイイから買ってきて!」って言うんですよね。それで、とにかくいろんなものを買ってきたんです。これがON
SUNDAYSのベースです。
BS:そんなお姉さんの一言でできてしまうもんですか!!!???
KW:そう。はじめはここの道挟んで向い側に小さな店を手づくりで作ってたんです。それこそブルースタジオじゃないけれど、内装をつくるところから全てが始まってね。自分達で壁塗って、家具も全て作ったりデザインしたりしました。
BS:キース・ヘリングがオンサンデーズでペインティングしているビデオを見ましたが、確かそれは、今のワタリウム美術館とは道を挟んで反対側にあった小さな店で。。。
KW:それが、ワタリウム美術館ができる前のON
SUNDAYSなんですよ。手づくりの。その頃は、私が大学1年で、姉が4年生、それ以外の仲間も全員大学生でしたから、月・火・水曜日だけに授業を集中して入れてしまうようにして、木・金・土・日曜日だけの営業でした。実は僕らがON
SUNDAYS始めるずっと以前から、母が「ギャルリーワタリ」っていうのをやっていたんですよ。いま「ワタリウム美術館」が建っている場所にあった非常に素敵な木造の日本家屋。床の間なんかを利用した和風モダンなギャラリーをやっていたんです。家の半分は母のギャラリー、残りの半分は父のレストランです。そのような母の仕事関係からON
SUNDAYSには寺山修司さんや、横尾忠則さんなど。。。こういった方々がお客さんでいらしていたんです。逆にお客さんの方から「アレも入れて。コレも輸入して。。。」ってアドバイスももらいながら、10年間やってきたんですよ、その手づくりの小さなお店で。それで、10年経った時に、、、モノっていうか、情報っていうか、、、その次に行きたくなってしまった。。。
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左がワタリウムの前身『galerie watari』、右がON SUNDAYS

ワタリウム美術館建設前の更地。三角の形状にマリオ・ボッタは強い関心を寄せた。

立ち上がるワタリウム美術館
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