|
闇の中に光景を追う
BS:「逢魔が時」という写真本が出版になったいきさつはどんな感じでしたか?
KN:今回文章を書いた中野さん(注)とは、以前から「コンフォルト」で一緒に「闇」についての連載をやっていたんですが、そんな時に知人のデザイナーの方から「企画を考えないか?」という話をいただきまして、「いま興味があるのは闇だ。」ということを言ったら、とんとん拍子で話が進んで、この写真本が出来てしまったんです(笑)。「写真本」というのは分かりやすく言うと、「写真集」よりも、文章やお話しがもっとたくさん入ったものですね。。。それで「闇のコラボレーションを一緒にやる人は中野さんしかいない!」と言うことで中野さんが文章を書いて、僕が写真を撮って、その二人三脚ででこの写真本が完成した訳です。これは、10月10日に発売です。
BS:それは楽しみですね。ところで、中里さんは、その「闇」をいつ頃から撮るようになったんですか?
KN:ん〜。ガンガン撮るようになったのは、中野さんと一緒に連載するようになってからなんだけど。「闇」的なものは、ずいぶん前から撮ってはいたんですよ。特に91年に出した東京の湾岸をドキュメントした最初の写真集「湾岸原野」では、闇ばかりを2年間程撮っていたんで、とてもそういう世界に近い。
BS:写真本の中で蛍光灯が登場する写真も多いようですが、中里さんは蛍光灯や蛍光灯の光がお好きですか?設計の打合せなんかをお施主さんとしていると、「蛍光灯の光より白熱灯の光の方が好き」という人が多いような気がするんですが、、、
KN:僕も家では白熱灯を使ったりするしその方が好きなんだけれど、蛍光灯のある風景で、きれいだとか美しいと感じる時があるんですよ。特に街灯なんかでは、蛍光灯だからこそ出せたっていう色合いとか雰囲気とか恐怖感とか、、、そういうものがありますよ。
BS:蛍光灯の再発見。
KN:そう。でももちろん「蛍光灯ならなんでも」って撮ってる訳ではなくて、良いと感じるものを選んでるわけです。使い方と感じ方ですよね。もっとかっこいい蛍光灯の使い方の工夫はあると思っていますよ。ただ明るさだけを追求したような洪水状態の使い方が多いですよね。コンビニもそうですけれど。。。景色の陰影を消し去ってしまって、ホッとできなくて、気恥ずかしいような。。。でもこれは、蛍光灯そのものだけでなくて、周りの風景だとか闇だとか、いろいろなものとのコンビネーションで変化するものですけれど。それから、「闇を撮る」とは言っても、カメラでは「闇の中の光を撮る」ということになる訳で、そういう意味では蛍光灯も、裸電球も、夕焼けも、月の光も僕にとっては同列なんです。どれが偉いってことはないんですよ。すべて景色の陰影や奥行きを感じさせる光景を闇の中に追い求めたのが今回の写真本「逢魔が時」です。闇がなくなったように思われがちですが、実際闇を探し求めて日本各地に行ってみると、いろいろな場所でいろいろな闇景色が待ち受けていたんです。
BS:中里さんは何に惹かれてシャッターを押すんでしょうか?
KN:そうですね〜。日ごろ見落としているかもしれないちょっとした景色の中にあるカッコ良さを発見したいんですね。ずっと残るような記憶を揺さぶる景色でもあると思う。時代の流行とかシンボリックなものを追って、作品としていくことにはあまり興味がないんです。今まで撮ってきた「小屋」や「闇」など暮らしている日常の隙間から、ものすごく深い発見ができたり感動ができたりすることがあるんです。そんな素晴らしい景色が、この国にはまだまだ眠っていますよ。
今回は、「散歩の達人」連載第6話(最終回)の取材に同行したインタビューだった。湾岸から奥多摩まで東京中をさすらう小屋は、拾ったりもらったりして集めた廃材や木切れ、さびたトタンなどでできていて、全てのパーツがそれぞれ独自のストーリーを持っているかのようだった。写真家中里和人と体験作家中野純、そして数人のボランティアはこのクルマに詰め込んで小屋と共にさすらい、風景を選び、丁寧にこれを組み立てていった。出来上がった小屋は周囲の風景と何か話しているようだった。
(注)中野純:有限会社さるすべり代表。体験作家。杉並区生まれの黒髪。中里氏とは「散歩の達人」で「トーキョー借景 動く小屋物語」という6話完結連載で協同。著書に「闇を歩く」(アスペクト)、「ヒトの鳴き声」(NTT出版)など。現在、中里氏と共同で、雑誌「コンフォルト」で「日本の闇々」連載中。
|

「逢魔が時」(ピエ・ブックス)03/10/10発売




「逢魔が時」(ピエ・ブックス)他より
|