| アジアを舞台として
ブルースタジオ(BS):アジアの大学に留学された頃から、また、日本で就職されてからもなお、アジア志向というか、アジアに魅力を感じていらっしゃったということのようですが、「経済成長が見込まれる」とか「人口が多く大きなマーケットだ」といったような、したたかな“読み”があったんでしょうか?
高橋守(MT):ん・・・というよりも、アジアの人たちの方が親近感があるんですよ。やっぱり。。。その中でも、いろいろ付き合っていくと、その中でも中華圏の人というのは感覚が近いですよね、シンガポール人、フィリピンにいる華僑、香港人、上海人、北京の方、、、話していて楽しいし、感覚が近いので信頼も出来るし・・・だからだと思いますよ、アジアを選んだのは。
BS:確か、高橋さんは台湾でベンチャーキャピタルの社長さんでしたよね。
MT:そう。だけど、金融危機もあってなかなか銀行でもお金をかせなくなったこともあったので、不動産コンサルもやっていたんです。それで儲かってはいたんだけれど、政策的な指示もあって台湾の会社を閉めることになり、香港の奥村(当時住友信託銀行香港支店)と私とで台湾のお客さんに挨拶に廻ったんです。親しくしていただいたあるお客さんが私の送別会をして下さりましたが、その席で言われた言葉はまだよく覚えています。「高橋君、君も日本に帰るのか・・・そうやって高橋君もしがない銀行員に戻るんだね。やっぱり君も普通の日本人だよ」ってそのお客さんが言うわけですよ。「中国人はこういう時にチャンスだと考えて独立するんだ。人間には全て平等にチャンスが来るが、チャンスであることに気付かない人もいれば、チャンスだと気付いていながら掴まない人もいる。高橋君は、香港にも台湾にもこんなにお客さんがいるのに日本に帰ってしまうなんて、明らかにチャンスだと知っているのに見逃しているんだ。」それを聞いて感化されたのは、私以上に、香港の奥村だったんですよ(笑)。彼はその後に会社を辞めたんです。
BS:そんな話があったんですね。。。その後、高橋さんは日本に帰ってこられるわけですか?
MT:いや、そうではなくて、奥村を連れてオーストラリアの投資銀行に入ってアジアのお客さん向けの不動産投資ファンドを組成したんですよ。
BS:なるほど。。。チャンスを掴んだわけですね。そのファンドでお金を集めて日本の不動産に投資したんですね。
MT:そう。そのはずだったんだけど、そう簡単ではなかった。上手くお金が集まらなかったんですよ。
BS:それで次の一手、どうされましたか?
MT:それで、会社をつくって独立したわけです。
BS:香港で、ですよね。
MT:そうです。この会社は、初めはファンドでお金を集めようということではなくて、不動産投資コンサルタントとしてスタートしたんです。
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