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" 現代美術ファンド登場!"

日本にもようやく「現代美術ファンド」なるものが出来ようとしています。お話をお伺いしていると非常に知的で、そしてかっこいい。立て役者は「Lattice Aoyama」入居者でした。

今福英治郎/イマフクエイジロウ
平成三年 株式会社ネオックス設立、同社取締役就任
平成九年 株式会社カラーフィールド設立、同社代表取締役社長就任
平成十二年 同社社名を株式会社アイ・シー・エフに変更、同社東証マザーズへ上場(証券コード4797)
平成十四年 株式会社ティー・ジー・エイ設立、同社代表取締役社長就任

2004年5月26日 Lattice Aoyamaにて
インタビュアー:泥谷英明(blue studio)
撮影:武井良介

会社を上場、そして次の会社をつくる。

ブルースタジオ(BS):今福さんは既に3社も起業されておられ、そのうち1つは上場も果たしておられます。並み大抵の努力では出来ないはずですが、起業に対する強い欲求がそのベースになっているのでしょうか?

今福英治郎(EI):特に「起業」そのものへの強い欲求があったわけではありませんね。経営学や経済、法律といった分野を学んでいた訳でもありませんから。結果として、振り返ってみたら、3つの会社を創立していたという感じでしょうか。いままでにない新しい何かを立ち上げようとする時、まずは自分で「かたち」にしてみないと、回りの人々を説得していくことは難しいと思います。日本の場合は特にそう。「前例がないから」というスタンスは、どの業界においてもまず立ちはだかる壁ですね。僕のこれまでの生き方は、どちらかというと文学や哲学がベースになっているのかもしれません。

BS:大学で専攻されていたのでしょうか?

EI:そうですね。経営とは直接関係のない分野と思われるかもしれませんが、実際はそうでもでない。そもそも「会社」とはパブリックな存在として社会の中で何ができるか、どのような新しい価値を生み出し人々へ提供できるかといった事を実践していく組織体だと考えています。つまり、それらを考え体現していくのが経営者であり、突き詰めていくと、結局はその人の生き方というか、哲学によって会社の全ては支えられています。僕の場合は経営学を体系的に学んだわけでもありませんし、ITなど技術的な分野を専門に学んだわけでもありません。ただ、サラリーマンには全く興味はなかった。自分のビジョンがあって、はじめて必然としての仕事が最初からあったという感じです。最初から給料を支払う立場でしたね。単純に、新しいことを始めるのが好きなんですね。ですから、今までやってきたことを振り返るとコンペティターがあまりいない分野でビジネスをスタートさせてきたような気がしますね。で、コンペティターが出てきて、市場原理による価格競争に入る頃には、また違うことをスタートアップさせてきたのかもしれません。

BS:設立1社目は印刷業界ですよね。

EI:平成3年というのは、日本においてまだApple Computerがあまり知られていない頃で、MACによるDTPがビジネスとしては認知されていなかった時期です。技術の裏付けもまだはっきりとない状態でしたから、大手の印刷会社と一緒にDTPの体系的な方法論とノウハウを少しずつ確立していきました。

BS:誰も手をつけていないそういう時期に、コンピュータ機材を導入して、これは投資をしていたということですね。

EI:そうですね。全ての行程がデジタルで完結し、ビジネスとして成立するようになったのは設立から2年後位でしたからね。まさに先行投資でした。その後、DTPの業界は急速に市場競争によって淘汰される時代に入っていきます。僕自身の興味は、すでにインターネットへ移行していました。ちょうど日本の大企業もアメリカに追随するかたちで自社のホームページの立ち上げを検討し始めた時期です。その頃はネットが商売になるなんて、ほとんどの日本人が考えもしていませんでした。いまとなっては信じられませんけどね。それって、ほんとにお金になるの?って感じでした。ただ当時のアメリカの状況を見て、私は確実にそういう時代が来るだろうと確信していましたから、もうひとりの経営者に会社を譲って、ネットビジネスに特化した次の会社を設立しました。

BS:それがカラーフィールド。

EI:そう。はじめはクライアントそのものが存在していませんでしたから(笑)依然としてDTP関連の仕事を主にしていましたが、しばらくしてすぐに波が来ました。ITビジネスに特化したコンサルティングファームでありながら制作機能・システム構築機能・ビジネスモデル構築機能等を持つWebのトータルエージェントを目指したのと、もうひとつは企業間取引、つまりB2Bのマーケットプレースをweb上で構築するということを柱としていました。この2つのビジネスドメインをもって上場した訳です。スピード上場でしたね、設立から3年程でしたので。日本のネットベンチャー第一世代が上場を果たした年のことでした。

BS:エキサイティングだったでしょうね。。。

EI:なかなか経験できないことだったとは思いますが、やっている当人達は至って平静でしたね。そして私はその上場を果たした後、2002年に3社目の会社を立ち上げることになります。











起業3社目「TGA」は、ラティス青山に入居。
http://www.tga-net.com/
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